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2007年 12月 25日 ( 1 )

ブースターケーブル

 ベッドでまどろんでいたら、ご近所のCさんから車のエンジンが掛からないとSOSの電話があった。寝ぼけ顔のままブースターケーブルを持って駆けつけた。
 すぐに掛かったが、出勤に間に合ったかどうか・・・・。
 
 何年もトランクルームで休眠していたケーブルだが、今年はこれで2度目の活躍である。
 最初は、9月、紅葉を見に平山とニセイカウシュッペ山をピストンして下山した登山口で、同じエクストレイルの登山者に声をかけられた。ライトの消し忘れでバッテリーを上げたらしい。
 今朝のは、夜間冷え込んだためバッテリーの能力が低下したためだろう。

 このブースターケーブルにも、忘れられない思い出がある。
 (このところ、昔の話が頻繁に出てくるのは歳のせいなのだろうか・・・、話題に困ってのことと思いたいが・・・。)
 
 昭和62年、道東の女満別空港に勤務していた頃の話である。
 この年は大変寒さの厳しい冬で、20時の退庁時にはすでに外気温が-20度にも下がっていた。翌朝10時になってもまだ-20度のままであった。その後上昇し、日中は0度前後という繰り返しが何日も続いた。
 当時、私を含め職員の殆どが(古い)ディーゼル車に乗っていたから、出勤時は大変であった。当然、冬には粘性の柔らかいエンジンオイルに交換していたが、厳しく冷え込んだ朝の車内は、クラッチレバー(まだマニュアル車であった)が固くて動いてくれなかった。
  
 中古車を買って何時もバッテリー上がりに悩まされていた若手職員は、宿舎に戻るとつぶした段ボールを車体の下に敷き、古毛布でボンネット内のバッテリーを包むという防寒対策を取っていた。更に、深夜就寝前エンジンを掛けて暫く暖気運転をするという涙ぐましい努力をしていた。
 そこまでしてもエンジンは掛からず、ガソリン車からジャンピングしてもらうことが度々あった。
 私もそのような朝は、祈るような気持ちで何度もセルを回したものである。
 だから、当時はブースターケーブルやバッテリー充電器は必需品であった。
 
 責任感の強い上司は、ガソリン車に乗っていたが、毎日車からバッテリーを外して部屋に持ち込み、朝また車にセットするという、我々にはとても真似の出来ないことをしていた。
 (ディーゼル車のバッテリーは大きくて重い、というのは怠け者の言い訳か)

 今朝の出来事で、当時のことが懐かしく思い出された。
 
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                       ブースターケーブル
 

 

 
by tarumae-yama | 2007-12-25 14:39 | その他 | Trackback | Comments(0)