昨年の9月下旬のブログで、田部井淳子の「それでもわたしは山に登る」について記事にした。
その記事に対し、北村節子の「ピッケルと口紅」も面白いですとコメントを寄せてくれた方がいたので、図書館から借りて読んだ。 ネットでその本の口コミなど読むと、若山美子のことに全く触れていないことが不満?との書き込みがあった。 若山美子について知らなかったので、調べてみると1967年、今井道子とザイルを結んでマッターホルンの北壁を登った女性では世界初の登頂者とあった。 北村節子は、田部井淳子が1975年女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功したときの女性隊に加わっていたし、その後長年相棒として世界の高地に何度も一緒している。 その田部井らと若山は1969年「女子登攀クラブ」を設立し、エベレストに女性だけの登山を計画したそうだ。 若山は、所属していた山岳会の4歳年下のリーダーに求婚され、1973年新婚旅行を兼ねたマッターホルンで滑落して夫婦一緒に亡くなっている。 その若山の写真を、田部井はエベレストの頂上に埋めたそうだ。 当然若山のことも知っているはずの北村が「ピッケルと口紅」で、エベレスト遠征隊隊員のことを面白おかしく書いているのに、彼女のことに触れていないのはどうしてだろう? ともあれ、若山は天才的なクライマーであっただけでなく、鎌倉彫の彫刻家としても優れた技術を持っていたらしい。 すっかり前書きが長くなったけれど、「銀嶺の人」は今井と若山をモデルにしていると知ったから、昭和57年に発刊された古い本だが、早速図書館から借りてきて読んだ。 「強力伝」で直木賞を獲った新田次郎は、「孤高の人」など山岳小説家として有名になったけれど、気象庁の測器課長時代に富士山レーダー建設の責任者として成功させ、それはNHKの「プロジェクトX」でも取り上げられた。 またまた話がそれたが、「銀嶺の人」は山の地形の描写や気象現象などについても、表現が緻密な上臨場感に溢れて惹きつけられる。 勿論、モデルになった人物や関係者の描写も素晴らしいと思った。 ただ、若山の死の場面など実際とは違い、そこはフィクションだからお涙頂戴的な表現も多い。 それでも、山好きな読者としては共感するところが多く、満足な読後感だった。 あらすじと口コミは。↓ ![]() ![]()
by tarumae-yama
| 2026-02-10 07:48
| その他
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Comments(2)
銀嶺の人、孤高の人、栄光の岸壁は読みました。
今井通子氏は女医さんですね。ですから結構恵まれています。 北村節子さんは、今井さんのパートナーのことに触れてないのは他意はないと僕は思うのです。 当然、若山さんのことを知っていたと思います。 途中で田部井さんと袂を分かった女性が何人もいます。 その方たちのその後も記載していたのかもしれませんが、編集 作業の途中で、冗長になるので省いたのかも知れません。 ですからここはそのままを受け取るのが良いと思うのです。
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